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中国武術は悠久の歴史があり、大きく北派と南派、内家拳と外家拳と分かれてあって、多くの門派があり、ひとくちにいっても明確にいえることはないのですが。
あくまで当会がやっている中国武術に関して説明します。
中国武術は「套路(型)」を通して行うため、現代武道や格闘技のような、組手稽古や試合がないため、結果(成果)が分かりづらいとよく聞きます。
ただ、目先の結果に拘る必要がないために「套路(型)」や「練功法」を通して体の使い方を学んだり、武術に役立つ体を作っていくことができます。しかし現実では最近の中国武術は「套路競技」運動が主流であり、伝統武術においてもその波が押し寄せてきて、多くは本来あるべき姿がだんだんと少なくなっている感がありますが。
本来の中国武術は護身のために作られており、型練習においても決められた手順どおりに動くだけのものではなく、決められた手順、そしてやってはいけないことが存在する中で、やるべきことをやり、学んでいくものです。一流の武術家を育成するにはそれなりの正統なカリキュラムがあるわけです。それに従って繰り返し練習していけば、だんだんと自然に体現できるようになってきます。
各人の段階で、今、この動きは何を目的とし、要求し、また何をすべきなのか。
また、相手と向き合って練習する時は、相手がいるので、相手を何をし、何をしたいのか。どう探り、どう仕掛けるか。
練習を通してこれらを常に考え、共同作業をしていくのです。 ただ套路の中にある技を学んでも、どんな優れた「絶招(奥の一手)を学んでも決して武術としては役に立ちません。そこがいまだに多くの日本人が分かっていないところです。だからいたずらに気や発勁を持ち上げたり、理論ばかり走り、さらには套路さえ練習すれば武術を理解できるようになるとどう見ても小首をかしげてしまうような理屈を言う指導者も出てくるわけです。
先述したとおり武術は健康づくりだけでなく護身としても役に立つものでなければなりません。いくら健康目的といって武術を学んだとしても、犯罪が多くなったこのご時世、いざの時に何の役に立たなかったのでは、ひどい目にあうのはあなたになってしまい、悲しい思いをされるのはご家族と友人となってしまうのです。 当会で練習するメゾットは、馬鳳図、英図兄弟、神槍・李書文、馬賢達などいずれも全武林界に勇名を馳せ、震撼させた達人たちが練習してきたものです。その先人たちが多くの実戦の経験を経て完成させた血と汗の結晶といってもよいでしょう。
完成された武術を練習することにより、真理を悟り、健全な生活を送るのが大切です。決して相手を傷つける術としてはやってません。
己を向き合い、相手と向き合う
これが武術を現代に練習する意味だと思っています。
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